窯元を訪ねて「丹波焼陶器まつり」


2017年10月21日(土)・22日(日)の2日間にわたって開催された陶器まつり。ひしめく約60件の窯元を訪ねる「窯元ぶらり散策」も開催された。

大型の台風が日本列島に接近中であった、10月21日。

雨は降っていたが、京都駅から電車に乗り込み約1時間30分。

今回で40回目の開催となった、「丹波焼陶器まつり」に編集長/西野が訪れた。

<第40回目丹波焼陶器まつり とは>

2017年10月21日(土)・22日(日)の2日間にわたって開催された陶器まつり。「陶器市会場」と「催し会場」がメイン会場になり、陶器市会場では各窯元の個別ブースが設けられ、催し開場では丹波の美味しい食材が堪能できた。また、2つの会場の間にひしめく約60件の窯元を訪ねる「窯元ぶらり散策」も開催された。

(第40回目丹波焼陶器まつり 公式HPより一部抜粋)

京都駅から尼崎で乗り換え、降りた駅は相野駅。ここから会場までは、シャトルバスが走っている。

京都駅から尼崎で乗り換え、降りた駅は相野駅。ここから会場までは、シャトルバスが走っている。

早速乗り込むと、すぐさまバスの席は満員となった。台風が来ているというのに。。見ていると、リピーターらしき人も多い。

丹波焼きとは、瀬戸、常滑、信楽、備前、越前とともに日本六古窯の一つとして知られている焼き物だ。当初は壺や甕(かめ)・すり鉢などが焼かれていたが、江戸時代前期になり茶入・水指・茶碗など茶器類が多く焼かれるようになった。

よく知られた名であり、リピーターの方や好みの方が多いのではないだろうか。(日本六古窯とは、古くからある陶磁器窯のうち中世から現代まで続く代表的な6つの窯のこと。)

そして、陶器市会場へ。ここでは、テントが出され各窯元さんの販売が行われていた。やはり、雨にも関わらずこの会場が一番多くの人でにぎわっている。

さて、シャトルバスを降りると陶器市会場に到着。ここでは、テントが出され各窯元さんの販売が行われていた。やはり、雨にも関わらずこの会場が一番多くの人でにぎわっていた。

「これかわいい」「普通に使えそう」など訪れた方々が真剣な目つきで商品の品定め。手には、購入したであろう陶器が入った袋がたくさん。

「これかわいい」「日常使い出来そう」など訪れた方々が真剣な目つきで商品の品定め。手には、購入したであろう陶器が入った袋がたくさん。

特殊なカンナを使用して器の表面を削り、模様を施す技法「しのぎ」を使って焼かれたお皿も。

販売されているのはお皿やコップ、器など日用品が多い。これだけ数が多いと、どれにするか悩んでしまう。

特殊なカンナを使用して器の表面を削り、模様を施す技法「しのぎ」を使って焼かれたお皿も。この文様、かわいい。パスタを盛り付けたら、映えるかもしれない。

見ていると販売されている方は、若い方が多かった。窯元さんに修行されてる方か工房をもっておられる方なのだろう。

後継者育成や技術継承が行われている証だ。少し話してみると「若い年代も多くて、好きにやらせてもらってます」と。

お昼の時間とあって、肉巻きとお寿司を食べて。少し、休憩した後は。。。

さぁ、「窯元ぶらり散策」へ。約60件の窯元を訪ねることができる。あまり時間もないので、60件はさすがに難しい。いくつかだけまわってみることに。

まず、訪れたのは「コウホ窯」さん。コップやお皿など、日常で使えるような食器類が並ぶ。

まず、訪れたのは「コウホ窯」さん。コップやお皿など、日常で使えるような食器類が並ぶ。

ほんのりグレーや白色がかかったお皿がかわいかった。中には、絵付けが施されているものもあった。

陶歴には“京都で修行した”と書かれおり、京都で陶芸を学びその後地元に戻って来られる方が多いのだろうか。

近くにあった、「ギャラリー24」では木枠の中に各工房の陶器が展示されていた。見渡すだけで、各窯元の特徴を比べることができた。

近くにあった、「ギャラリー24」では木枠の中に各工房の陶器が展示されていた。見渡すだけで、各窯元の特徴を比べることができた。

横には、カフェが。周りを見ると、ところどころにカフェや小さなギャラリーがある。産地で焼かれた焼き物をその場で使えると、楽しさが倍増するものだ。

今回の陶器まつりでも「うつわdeレシピ」と題して、各窯元の器にあったレシピを考えて、そのレシピカードを配布するという企画が行われていた。器だけでなく、料理が盛られていた方がイメージしやすい。

コウホ窯さんの隣には、「珀耀窯」さん。 販売をされていたお母さんが気さくな方で。つい、話し込んでしまった。

少し歩いただけで、隣の窯元さんに行けるのは産地ならでは。それだけ、密集しているという証だ。

隣には「珀耀窯」さん。販売をされていたお母さんが気さくな方で。つい、話し込んでしまった。

やはり、丹波の地で陶器を焼いているだけではなかなか商売にならず。東京や各地の展示会や催事に出ているらしい。そこでできた繋がりや、仕事の依頼が今につながっている。

「どんなものでも、流行り廃りがあるから。今の流行も、いずれは人気がなくなってしまう。だから、今のうちから流行の先を考えとかなね」と。商売のやり方として当たり前のこと。どんな商売にも言えることだと思う。

気さくなお母さんに「陶器まつり以外でも、また来てね」と言われ別れを告げると、次は「登り窯」へ。

丹波焼きに現存する最古の登り窯だと言われている。思っていたより、天井が低く縦に長い窯だった。うまく傾斜を利用して作られている。

丹波焼きに現存する最古の登り窯だと言われている。思っていたより、天井が低く縦に長い窯だった。うまく傾斜を利用して作られている。まるで、ヘビのよう。

窯元さんが独自で窯を持っておられる所も多く。販売スペースの裏側には、登り窯が数多くあった。今もなお登り窯で焼かれているのだろう。

登り窯の横をさらに登っていくと、見えて来たのは「忠作窯」さん。

登り窯の横をさらに登っていくと、見えて来たのは「忠作窯」さん。ここだけじゃないが、やっぱり坂がキツイ。この地が陶器の産地だからこそ、山に囲まれているからだ。

こんなの、車であがってくるのが大変だ。。ちょっぴり息が切れそうになりながら、到着。

お話を聞くと、店主であるお父さんが現役で土の成形から焼きまでされているのだとか。すごい。。

中に入ると土鍋や急須、コップなどが並んでいた。リピーターの方が多く、丹波焼陶器まつりの時に注文をされ、焼きあがった頃にまた取りに来られる方も少なくないのだとか。

確かに、土鍋なんかを見ていると色のコントラストがかっこいい。

お話を聞くと、店主であるお父さんが現役で土の成形から焼きあげまでされているのらしい。すごい、の一言しか出なかった。

息子さん達は、近くの窯で焼かれているのだとか。ご夫婦で並んで座っておられる姿が印象的なんとも微笑ましい。

最後は「ここまで来てくれたんだから、握手しよ」と言われ、握手。近くによるだけで土の匂いがして、ゴツゴツした大きな手に包まれた。やっぱり、「手」なんだなぁ。

丹波焼陶器まつりもそろそろ終盤。17時でどこも終了となる。台風が来ている中、窯元さんも大変だ。

終了までもう少しだけ、時間があるとのことで歩いて「丹水窯」さんへ。広々とした店内には、やはり多くの商品が並ぶ。

終了までもう少しだけ、時間があるとのことで歩いて「丹水窯」さんへ。広々とした店内には、やはり多くの商品が並ぶ。器、お皿、コップと日用品が多い。

縁が波の形をしているお皿。かわいかったなぁ。現地まで来て、物を見ると買いたくなってしまう。おそらく、足しげく通う方はそういった方が多いのではないだろうか。

と商品を見ていると、もう17時。終了の時間だ。

と、帰りに通りかかった「雅峰窯」さんのにはまだ多くの方が。

と、帰りに通りかかった「雅峰窯」さんのにはまだ多くの方が。ちょっと覗いてみよう、とのことで。

ここは、家族でやられている窯元さんのようだった。中に入ると、作家性が強い方なのかデザインが施されている器ばかり。色合いがきれいだ。

しばらくして外に出ると、もう辺りは真っ暗。台風の影響もあるのか、濃い霧が目の前の山を覆っていた。

しばらくして外に出ると、もう辺りは真っ暗。台風の影響もあるのか、濃い霧が目の前の山を覆っていた。

極端かもしれないが、今は100円ショップでも陶器が買える時代。それでも今なお、手や轆轤(ろくろ)で成形を行い、窯で焼いておられる窯元さんは日本全国におられる。

日本六古窯という名称は、ある意味その代表的なものを集めたもの。たとえ、六古窯でなくとも現地を訪ね、土地の雰囲気を感じ、窯元さんと言葉を交わす。そうすることで、得られるものは多い。今回の陶器まつりも産地の雰囲気を感じ、窯元さんと言葉を交わすことができた。

そして、「陶器まつり」は陶器が焼かれている土地ではよく行われているイベント。もちろん、京都でも秋の時期によく行われている。だが、工房の中や窯を見せてもらえる場合は、あまりない。

こうして、実際に見ることで自分なりの陶器の良さを見つけ、使いたいと思える人が増えればいいなぁ、とぼんやり思った。


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