長谷川の「杼」杼職人 長谷川淳一


「一度始めた仕事は、一生辞めるな」と言われた修行時代

―お話を伺っていきたいと思います。「杼」は、織物を織る為には欠かせない道具だと思うのですが、なぜこの仕事を始められたのでしょうか。

私が高校を卒業した時は、戦争直後の時期だったので景気が悪い時期でした。大学を卒業して就職をしたとしても、給料がもらえないような状況。でも、杼を作る仕事はそれ以上の給料をもらえたわけです。それが理由で、やり始めました。それと、私の家が代々杼を作っていた家だったこともきっかけですね。おそらく明治の頃にお爺さんが始めたので、私で3代目ですね。

―そうなんですね。代々杼を作られているということは、ご実家で修行されたのですか。

そうです。ちゃんとやり始めたのは、17歳の頃からです。でも、その前から親父が仕事をしている隣に私が座って、手伝いをしていました。親父に「こうせい、ああせい」って言われながらやっていたのを覚えています。口で説明されるよりも、みようみまねで覚えていました。変なことをしたら、すぐにゴツンと叱られていました。

―間違ったことをするとすぐに怒られる、というような目と鼻の先で見られているような環境だったのですね。

「一度始めた仕事は、一生辞めるな」と口酸っぱく言われるほど、仕事に対してとても厳しい人でした。だからこそ、口で教えられるより体で覚えろという考え方だったのだと思います。良い杼を作るため、妥協は許されませんでした。

杼へと姿を変える木「アカガシ」

―どういった工程で杼が作られていくのか、少し教えてもらってもいいでしょうか。

ここでは製材した木を削り、おおよその形になれば先端に金具を付けて。そこから、木を削り、杼の形に仕上げていきます。真ん中辺りに穴を空けるので、後から金具を付けてしまうと叩いても閉まらなくなるんです。だいたい、杼を1本作るのに3,4日はかかりますね。

―杼の材料になる木は、何の木を使っておられるのですか。

使っている木はすべて「アカガシ」という木です。アカガシは、丈夫で硬いのが特徴です。なので、薄くても割れにくい。杼の横の部分はどうしても薄くなってしますので、薄くても割れないようアカガシを使っています。お客さんの中には「特殊な木で作って欲しい」と頼まれる方もおられるので、そういった方は木を持って来てもらい、作るようにしています。

―アカガシが使われているんですね。でも、アカガシは高い木材だと聞いたことがあります。

言われた通り、アカガシは値段が高い木なんです。杼を作るだけだと採算が取れないし、余ってしまう。なので、祇園祭の鉾の車輪などにも使われているんですよ。車輪を作る時に、杼を作る分の木を一緒に注文してもらっています。

―それは初めて聞きました。杼の材料として使われるのではなく、様々な所でアカガシが使われているのですね。ひょっとして、作業されている台もそうだったりするのですか。

作業台は違いますよ。実は、桜の木でできています。桜の木は、柔らかい木なので使っているとどうしてもすり減ってしまって。なので、糊に粉を混ぜて「そっくい」を作り、修正をしながら使っています。付け足していく感じですね。親父の代から使っているので、多分ですが80年くらいは使い続けていると思います。代々受け継がれている作業台です。

頬ずりして買いたくなるほど、全国からお客さんが集まる

―実際に買いに来られ、注文されるお客さんはどういった方々なのでしょうか。

仕事として織物をされている方、織染を学ばれている学生さん、などです。全国からお客さんに来てもらえるので、とても嬉しいです。地方の大学からも毎年見学に来られますし、海外からも見に来る方もおられます。

―学生さんも来られるのですね。全国から長谷川さんの杼を求め、織り手さんが集まってくるというのは、素敵ですね。

ありがたいことですね。織手さんが自分の手で持って、目で見て。「これとこれが欲しい」と買って帰られます。「いや-嬉しい」って頬ずりして買って帰られることも数多くあります。変なことをしなければ、100年使い続けることもできる道具なので、織り手さんからするとそれだけ大切なものなのだと思います。

―なるほど。販売の他にも織り手さんが持って来られた杼の、修理もやっておられると聞きました。

もちろん、修理もさせてもらっています。織ってみたけど杼が違う方向に飛んでいくとか、傷ができてしまって糸がひっかかるとか。様々ですが見ればどこが悪いのか分かるので、織り手さんの感覚を大事にしながら修理をするようにしています。

長谷川さんの杼のお陰で、うまく織れた

―長年、杼を作ってこられて。これまでで、一番面白かったことは何かありますか。

ものすごく難しい注文ほど、出来上がりが楽しみです。お客さんの注文で、大きくて長い杼を頼まれたことがありまして。とても大きかったので、試行錯誤しながらどうにかして作りました。それを納品して実際に使って頂き、お坊さんの袈裟を織られたそうです。その時に、「長谷川さんの杼のできが良くて、うまいこと織れました」と言ってもらえて。その時は、とても嬉しかったです。

―サンプルを見ましたが、見たことがないほど長いですね。これだけの杼を作られて、その杼を使い織物が完成すると思うと感慨深いものを感じます。

そうですね。作るのは大変ですけど、勤められている方の仕事にはない楽しさがあると思います。修行の頃から、親父に「一度始めた仕事は、一生辞めるな」と言われ続けてきましたが、なんとか「長谷川の杼屋」と国の勲章も頂くことができました。杼を作ることが、自分の天職だと思っています。どこまでで出来るか分からないですが、これからも続けて行きたいと思っています。

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【プロフィール】
杼職人 長谷川淳一(はせがわじゅんいち)
1933年(昭和8年)生まれ。国選定保存技術「杼製作」保持者。京都で唯一の杼屋「長谷川杼製作所」3代目。家業が杼屋だったため、幼い頃から家業の手伝いをしていた。杼屋の仕事一本でこれまで生きてきた。


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