漆をこよなく愛する漆屋 堤卓也


堤淺吉漆店 堤卓也

自然豊かな北海道の大地から、「助けてほしい」の一言で京都へ。

―漆と言えば「堤淺吉漆店」さんの名前をよくお聞きします。生まれも京都で、漆が身近な存在だったのでしょうか。

僕は、元々漆の仕事をするつもりはなくて。昔から漠然と京都を出たいな、と思っていたのですが志望校だった北海道大学進学を機に札幌に移住し、それから北海道の大自然のとりこになりました。北海道では、馬の調教やチーズ作りなどをしていましたね。仕事も自然に囲まれた場所が良かったので、卒業後3年くらいは向こうで働くことに。その時は、ずっと北海道にいるつもりでした。

―北海道大学に行かれていたんですね。仕事までされていたのに、どうして京都に戻ってこられたのですか。

友達の家に泊まっていたある日。突然親父から「家の仕事を手伝って欲しい」と電話がかかってきて。詳しく聞くと、「光琳」という漆の製造が忙しくなり始めた時期で、工場(こうば)の人手が足りないから戻って来て欲しい、ということでした。仕事を継げ、とも言わなかった親父にそんなことを言われたのは初めてで。「困っているなら、助けるか!」という気持ちになり、京都に戻ることを決めました。

―家業だから仕事を継いだ、という職人さんには何度もインタビューをさせてもらいましたが、「人手が足りなくなったから」継ぐことになったという方には、初めてお会いしました。

そうですか。もともと漆に興味がなかった訳ではありませんでした。昔は、爺ちゃんの家が工場だったので、爺ちゃんが漆で壊れた飛行機の羽を付けてくれたり、織鶴に漆を塗ってくれたり。そんな爺ちゃんが好きだったので、工場にもよく行ってました。ただその時は、漠然とかっこいいと思っていただけで漆が何なのかも分かりませんでしたけど。

波長があったり、振り回されたり。それが漆。

―普段工場では、どういった仕事をされているのですか。

ひたすら、漆を製造しています。まず、木くずなどが入った原料漆(荒味漆)に綿を入れて遠心分離機で漉す「漆漉し」をします。生漆にする作業です。そこから、熱を当てながら水分を飛ばす「クロメ」と漆を練る(攪拌)「ナヤシ」を同時に行って漆を精製します。これで終わりではなく、できた漆が想定したようになっているか、ガラス板の上で硬化させ乾き具合や艶など、性格を確認します。これを僕たちは「ツケをとる」と言います。ツケをとった漆は何十何百とストックをしておき、お客様のご要望に応じて調合し、さらに調合した漆の「ツケ」をとります。天然の樹液である漆は一桶一桶性格が違い、漆の面倒を見ているかのようです。そんな漆に向き合い、品質を保つのは蓄積されたデータと経験、そしてなにより感覚です。

―様々な漆を調合されて一つの漆を製造されているところが特色だと思うのですが、調合するうえで大事にしていることは、ありますか。

材料として漆を使う職人、作家さんとのやりとりですね。その人がどんな場面で使うかを聞き、イメージすることが大事です。工房内で塗るだけではなく、例えばいくら湿気を与えても乾かない極寒の場所だったり、外で塗らなきゃいけない場合もある。大きいものや立面、立体物を塗るとなると、漆が垂れないように調節した方がいいとか。そういったことを、言われなくても分かってあげられること。それが、イメージをすることだと思っています。

―なるほど。オーダーメイドで製造されている印象を受けました。

職人、作家さんが塗りやすい漆になるようにする、という感じですね。漆は、天然の生き物なので無限にある振れ幅を小さくするのが僕らで、焦点を定めるのは職人、作家さんの技術。だから、僕らがやっているのはお手伝いです。

―お手伝いですか。使う人が使いやすい漆を製造するのも、経験ですし技術だと思います。想定した漆にならない時もあるのですか。

もちろん、思い描く漆にならない時もあります。特に半艶はなかなかうまくいきません。艶のものと艶消しのものとを半合わせにしたら、半艶になるのかといえばそういう訳ではありません。艶や粘度、乾きは温度や湿度ですぐに変わってしまう。そうやって、漆に振り回されてばかりです。

―漆は、樹液として木から取り出された後も、生きているんですね。漆が生き物という感覚が不思議です。堤さんにとって「漆の面白さ」とはどういったところでしょうか。

温度や湿度でも性格が変わるし、「これくらいの艶になるかな」と思っていても思い通りにならないことが多いです。どう「ナヤシ」てやるか「クロメ」てやるかで性格が違う漆になる。目に見える訳ではないですが、「今日の温度や湿度やったら、これくらいで粘度が高くなるよな」みたいなことを考えながら手を動かして。自分と漆の波長がガチっと合ってむっちゃいいのがあがってきたら、めちゃくちゃ面白いし。もしうまくいかなくても、やっぱり漆だよなと納得したり。そういう、自然とのバランスを感じながら行う作業が漆の面白いところです。

漆があってもいいよな、と思ってもらえる価値観を作りたい

―生活の中で触れることができる漆となると、漆器を思い浮かべる方が多いと思います。

漆を使って頂いているのは、文化財や寺院仏具が一番多いのですが、一般の方からすれば漆器だと思います。でも、その漆器でさえ「いらない物」というイメージが付いているのが残念というか。かぶれる、高い、扱いが面倒、そういったイメージばかり。まず、生活するうえで選択肢から外されていると思うんですよね。

―確かに、まず選択肢にないのかもしれません。漆器を含め、漆の物が使われなくなってきました。今後、「漆」が残っていくためには何が必要だと思いますか。

漆には、漆の木を育てる人、掻く(採取する)人がいて、僕らみたいな漆屋、材料として漆を使う職人、作家さんがいます。そしてなにより、漆製品が欲しい人が必要です。そんな循環する大きな輪があれば、漆を残していけると思います。そのためには、漆が自分たちにとって身近なものだと思ってもらうことが必要ではないかと思っています。漆は自然の恵み。驚くほど不思議で魅力のつまった素材です。そういった、僕が感じている漆の魅力を伝えることで「漆が身近にあってもいいよな」と思ってもらえる価値観を作っていけたらなと思っています。

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【プロフィール】
堤卓也(つつみたくや)
1978年生まれ。1998年北海道大学農学部入学。大学卒業後、アマタケ(岩手の養鶏会社)入社、札幌支社で働く。2004年頃父親からの連絡で京都に帰る。現在の仕事は、家業である漆屋㈱堤淺吉漆店専務取締役。工場にて漆の精製を行っている。漆の持つ可能性や魅力を伝える取り組み「うるしのいっぽ」にも取り組む。
うるしのいっぽHP)www.urushinoippo.com

【会社情報】
㈱堤淺吉漆店
明治42年の創業当初は漆、漆漉し紙のみの販売から漆工諸材料の販売へ拡大。昭和50年頃、時代のニーズとともに得意先において塗料及び吹付漆の使用も増加、取扱い品目を増やして得意先ニーズに応えてきた。平成11年、高分散精製法により、漆の弱点である紫外線の劣化を軽減させる新しい漆「光琳」を開発。平成16年に国産漆の「光琳」が国宝・重要文化財建造物の修復に採用、現在は日光東照宮「平成の大修理」に採用されている。平成17年に「光琳漆」を商標登録。

〒600-8098京都市下京区間之町通松原上る稲荷町540番地
HP)www.kourin-urushi.com/


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